フハッ・・・。

フハッ・・・。


例年、今時期になると、ある写真が密やかにネット上に出回ります。





これは1963年、ジョン・F・ケネディ大統領の葬儀での有名な一コマ。
ケネディ敬礼
息子のジョン・F・ケネディJrが健気にも敬礼する姿を撮影したもの。








撮影したのはジョー・オダネル。
アメリカの政府専属カメラマンの彼はこの写真で一躍注目される事になります。







さて、冒頭に述べた「ある写真」とは実はこの写真ではなく、
この写真。

焼き場の少年

1945年8月9日。
長崎に落とされた原爆。
終戦直後にアメリカ軍の調査記録カメラマンとして現地に入った
彼のジョー・オダネルが撮ったものです。
オダネル



そのジョー・オダネルが戦後43年間秘匿していたものを
1990年に公開します。当時軍規により一般市民の撮影は厳禁であったが彼はネガを
新品フィルムの箱に隠し持ち帰ったそうです。
長い年月を経て、オダネルが何故公開する気になったのか・・・?
その後の彼は精力的に原爆被害の素顔を、その悲惨さを死ぬまで発信し続けます。




72年前に撮影され、43年間も眠っていた写真。
今では有名過ぎるこの一枚ですが、
何度見ても胸が締め付けられ、目頭が熱くなってしまう・・・。



で、表題の「フハッ」
これは常々私が面白おかしくブログで使っているところですが、
今回の「フハッ」は決してそんな使い方ではありません。

この少年がこの焼き場に至るまでのドラマに思いを馳せる時、
図らずも溢れ出す感情、涙、&ハナミズ・・・。
その瞬間の時を表現した「フハッ」なのです。



壮絶な地獄を潜り抜けて来た少年。
両親を失い、気が付けば背中の乳飲み子がグッタリと。
少年はそんな状況を受け入れたくは無かったろうに・・・。
宛も無く彷徨うガレ場の中で出会う大人達と、
恐らくはこんな遣り取りがあったのかも知れない。

「にいちゃん、可哀そうだけど背中の子もうあかんで。」
「あそこの川原が火葬場じゃけん、持って行ってやり・・・。」


あぁ、私の「脳内脚本製作所」が勝手にシナリオを描き出してしまう。



彼は終始無言だった。
火葬場の大人が黙っておんぶ紐をほどき、熱く焼けた石灰の上へそっと置くと、
瞬時に火が遺体を包み、その炎が少年の頬を赤く染めた。
きつく噛み締めたその唇には赤い血が滲んでいた。


ジョー・オダネルはそう回想している。

あぁ、この僅かな注釈が遥か72年もの歳月の垣根を、刹那の内に消滅させる。
そしてありありと鮮やかに、このモノクロの絵面に色を挿し尽くすのである。


フハッ!



そう、だからフハッと泣けてしまうのである。








写真のクローズアップ。
長崎少年

この表情が語るもの、如ばかりか・・・。

これは少年が火葬の順番を待っている時の表情です。
今にも泣きそうになるのを必死で堪えている・・・。
噛み締める口元がその無念さを語り尽くしているのか。

オダネルはその後の火葬中の少年の様子をこう書いている。

少年は直立不動で火葬の様子を見守っていた。
唇を噛み締める力が余りにも強いのか、血が流れ出るのを防いでいるようだった・・・。



オダネルは何度も来日して、この少年の行方を捜しました。
新聞にも広告を載せ、必死で探し回ったそうです。

しかし、無念にも彼は見つかりませんでした。





2007年8月9日オダネルはこの世を去ります。

長崎に原爆が落とされたその日に。



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